覚えていますか?第五福竜丸被爆

あの第五福竜丸の被爆事件には、報道されなかった様々な話があったんですね。

・・・ウオーカーの憂鬱さんのブログから
http://blogs.yahoo.co.jp/naomoe3/61103511.html

水爆実験3時間後の午前7時頃、白い灰が雨といっしょに降り始めた。
白い灰は第五福竜丸の甲板に足跡が残るぐらい降った。
第五福竜丸の船長は事前に水爆実験の通知を受けており安全地帯にいたが被爆した。
被爆後日本への帰港コースを取るが船長の判断でSOSは発信しなかった。
SOSを発信した場合は米国の飛行機や艦艇により証拠隠滅の為に撃沈射殺又は
拉致されると船長達は考えており低速5ノット(時速9キロ)で3000キロ以上も
離れた日本をめざしたのだった。


この乗組員たちのとっさの判断には敬服します。 

戦後間もないときだったからこそ、アメリカの手口を理解していたのでしょうか。


全く謝罪しない米国との交渉に弱腰の日本政府は焦りわずか200万ドル(約7億2千万円)
の「見舞金」(賠償金ではない)と引き替えに,政治決着にふみきった。
尚米国側は久保山氏の発症原因は放射能だけでないと主張していた。
死亡した久保山氏を除く第五福竜丸乗組員22名に渡された見舞金は,平均でおよそ200万円
という当時としてもわずかなものであった。

日本の政府とは、いつでも奴隷根性丸出しですね。


このブログは、この後、第五福竜丸事件の真相(裏側)と題して、船長が大量輸血による肝炎で他界したこと、なぜ福竜丸だけがクローズアップされたのか、などメディアが取り上げない本当のところを語っています。

どうぞ、全部読んで、そうだったのか、と新しい認識で記憶致しましょう。


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